※本原稿は、Business Journal2017年8月31日号に掲載されました。
「ここで勉強された方で、実際に起業される方はどれくらいいらっしゃいますか?」
筆者がビジネススクールなどで講師をさせていただく時に、運営側に対してよくする質問である。これに対し、「5%くらいです」というのが大半の反応だ。逆に言えば、ビジネススクールや起業塾で学んでも、そのうち95%は起業することがないのだ。
では、起業しなかった95%はどうしているのだろうか。筆者が観測しているところでは、半数近くがビジネススクールに再び舞い戻ってきている。筆者はそのような受講生に、「なぜ、起業せずに再び戻ってきたのですか?」と質問すると、判で押したような回答が返ってくる。
「勉強すればするほど、まだまだ勉強が足りないと思うようになりました」
このような考えを持つ人で、起業した人を見たことがない。起業できる人とは、すべての準備が整わなくてもスタートする人である。行動しながら学習し、失敗の中から勉強すべきことを学んでいる。
実は筆者も、ビジネススクールに通った後に起業している。ゆえに、起業できる人と、そうでない人との差が実感として理解できる。筆者が起業を決断したエピソードをご紹介しよう。
筆者は、なぜ起業するに至ったのか
筆者がビジネススクールに通い始めて数週間たった頃、特別カリキュラムとして有名な若手起業家の講義があった。マスコミでも話題の起業家が登壇し、自身のサクセスストーリーを語り始めた。その瞬間、筆者は妙な違和感を覚えた。
「なぜ彼が講義をして、なぜ私が聞く側にいるのだろうか」
経営者の話を“聞く側”にいる限り、絶対に起業することはできない。私がいる場所は、ここではなく、彼がいる場所だ。そう確信した瞬間から、講義の内容はまったく耳に入らなくなった。講義が終わると、すぐに起業の準備を始め、ビジネススクールが終了する前には準備が終わっていた。結果的に、ビジネススクールの全課程を半分も消化することもなく、いわば“不良受講生”だったが、起業できた5%の仲間に入ることになった。
卒業した受講生の多くが、いまだに起業することなく、真面目に勉強を続けている。彼らは2つの間違いに気づいていない。
ひとつは、「知識によって起業する力を得る」という誤解である。成功した企業のケーススタディーをいくら学んだところで、それは過去の事例を知ったにすぎず、同じような出来事が起こる可能性は極めて低い。起業してみればわかるが、実際には想定外の出来事の連続で、どのビジネス書にも答えがない事象ばかりが発生する。その都度、自分の頭で判断し、正解かどうかわからないまま行動を起こすしかない。知識の量ではなく、日々変化する問題に対応できる“地頭”を磨くことが重要なのだ。
筆者は多くの起業家に取材をしているが、彼らも決断する時には、「この決断によって、どのような結果になるかわからず、とても怖かった」と告白している。それが現実だ。だからといって、知識を全否定しているのではない。有益な知識や叡智によって失敗を事前に回避できるのも事実である。だが、知識も実践の場で使わなければ、いくら脳にため込んでも無駄になる。格言にもこうある。「知識を使わなければ、無知と変わらない」――。
もうひとつの間違いは、「ビジネスセンスは、ビジネススクールでしか鍛えることができない」という錯覚である。ビジネスセンスは、ビジネススクール以外でも身につけることができる。普段の生活をしながら、どこでもビジネスのヒントを発見することはできる。
マクドナルドの優れたビジネスモデル
たとえば、マクドナルドを取り上げてみよう。マクドナルドでハンバーガーを食べたことがある人は多いが、マクドナルドのビジネスシステムに気づいている人は極めて少ない。あなたはいかがだろうか。
マクドナルドでは、まずカウンターで注文をしてお金を払い、その後にトレイに載せられた商品を受け取り、席に移動して食事をし、終わったらゴミを分別してゴミ箱に捨てて店を出て行く、という流れになっている。ほとんどの人が何も疑問に思わずに一連の動作を行うが、よく考えてみると、これがとても奇妙であることに気づくはずだ。
普通のレストランと比較してみると、それが明確になる。普通のレストランでは、まず席に座って、店員が注文を取りに来て、その後に料理が運ばれ、食事が終われば食器等をテーブルに置いたままお金を払って店を出て行く。マクドナルドと流れがまったく異なる。マクドナルドでは、お客が無給で働いていることに気づいているだろうか。料理を運んだり、ゴミを分別して捨てたりするのは、レストランでは店員の仕事だ。
マクドナルドのビジネスシステムは、セルフサービスを究極までに追求したシステムであり、それをお客に苦痛と思わせることなく自然な流れに組み込んでいる。さらにマクドナルドでは、効率を徹底的に極めていることにも気づくはずだ。どこのマクドナルドでも厨房での動きを見ることができるので、そこで行われている調理の仕組みにマクドナルドの優れた効率化の仕組みを学ぶことができるはずだ。
マクドナルドの実質的創業者であるレイ・クロックのサクセスストーリーを描いた映画『ファウンダー』(レイ・クロックの自叙伝『成功はゴミ箱の中に』がベース)では、レイが初めてマクドナルド兄弟の経営するハンバーガー店を訪れた時の様子をリアルに再現している。
カウンターでハンバーガーを注文すると、すぐに紙に包まれたハンバーガーが出てきてレイは非常に驚く。当時は注文して数十分も待たされるのが当たり前だったからだ。しかし、このハンバーガー店では、まるでフォード自動車のベルトコンベア方式のように流れ作業で次々にハンバーガーをつくりだし、お客は待たずにハンバーガーを食べられる仕組みが完成していたのだ。さらにレイは、紙に包まれたハンバーガーを見て、店員にこう質問する。
「皿やナイフとフォークはどこにあるんだい?」
1950年代当時は、食事といえば皿の上に料理が載っており、それをナイフとフォークで食べるのが常識だった。レイが驚くのも無理はない。
店員は、「そのまま紙を開いて食べてください。食べ終わったら紙をゴミ箱に捨ててください」と答えた。レイは驚きながら周りを見渡すと、大人も子供も、紙に包まれたハンバーガーを持ったまま食べている。食べ終わったら紙をゴミ箱に捨てて帰って行く。レイはマクドナルド兄弟が発明した、この驚くべきビジネスシステムの虜になり、これを全米に普及しようと決断する。
全世界にマクドナルドが普及した今日では、レイ・クロックが驚嘆したほどの感動を感じる人はいないだろう。しかし、冷静な目で観察すれば、マクドナルドの店内に、優れたビジネスシステムをいくつも発見することができる。
起業できる人とできない人の違い
ここで筆者から読者にクイズを出してみたい。
マクドナルドでハンバーガーを注文した際に、水も注文してほしい。水は無料なのだが、なぜかレシートには「ミズ 1コ ¥0」と印字されている。無料なのに、なぜわざわざレシートに印字するのだろうか。印字するにもコストがかかる。なぜコストをかけてまで、レシートに印字する必要があるのだろうか。見慣れた何気ないレシート1枚からも、頭がフル回転し、マクドナルドの目に見えない仕組みに気づき始めるはずだ。
普段目にするものからビジネスシステムを見抜く方法を、私は「ビジネス・リバースエンジニアリング」(BRE)と呼んでいる。リバースエンジニアリングとは、機械やソフトウェアを分解して構造を分析し、製造方法や仕様を“逆引き”する方法だ。これをビジネスでも応用するのが、BREである。
先のマクドナルドだけでなく、普通の生活で接するものすべてからビジネスの仕組みを紐解くことができる。あなたが何気なく使っているコンビニエンスストアも、ビジネスシステムの宝庫である。また、ユニクロに行った時も、目当ての服を買うことだけに頭を使わず、「なぜこの商品を、この棚に陳列しているのだろう」「なぜ店内はこんなレイアウトになっているのだろう」「なぜレジがこの位置にあるのだろう」と、頭の中を白紙にして見てほしい。すると、ユニクロがスーパーマーケットのレイアウトに似ていることに気づき、スーパーのビジネスシステムが応用されていることに気づくはずだ。
起業できる5%の人たちは、目にするものすべてから学ぶ力を持っている。そして学んだことを行動によって経験に変え、経験から新たなアイデアを得ている。このサイクルを回せる人がビジネスで成功できる人なのだ。
参考:ウィズダムスクール「いまさら聞けないシリーズ!アイデアの出し方 イロハのイ」