※本原稿は、Business Journal2016年6月23日号に掲載されました。
システムエンジニアやプログラマーの約2割が、「うつ病と診断されたことがある」との報告がある。IT系エンジニアのうつ病率は高いといわれるが、その原因はどこにあるのだろうか。
IT業界関係者は、このように証言する。
「長時間労働や厳しい納期が原因といわれますが、そもそもその原因は仕事を受注している会社側にあります。競合に勝つために無理な納期で安く受注した結果、そのしわ寄せがすべてエンジニアに向かうのです。終電間近まで仕事をし続けることはザラで、会社に泊まって何日も家に帰っていないというエンジニアまでいます。
そんな作業を重ねて納期に間に合ったとしても、その後に判明したバグの対応に追われたりすることも多く、ひとときも心が安まりません。ずっと緊張状態が続くため、知らず知らずのうちにメンタルが壊れていくのです」
ソニーの元技術者で、ペットロボット「AIBO」の開発責任者であった土井利忠氏は、6月15日付「日経ビジネスONLINE」記事の中で驚くべき事実を告白している。自由闊達な社風で急成長してきたソニーの会長に、西洋的合理主義を標榜する出井伸之氏が就任した頃の話だ。
ソニーが巨額の損失を出すいわゆる「ソニーショック」の2年前にあたる2001年に、ソニー人事部の心理カウンセラーが土井氏を訪ね「うつ病の社員がものすごい勢いで増えていて、大変なことになっている」と報告したという。
自由な雰囲気で伸び伸びと技術者が開発をしていた社風を壊し、合理的な管理体制で目標達成を強いた出井氏の圧力が、うつ病の原因だったと土井氏自身は分析する。
「会社はトップ次第で変わる」といわれるが、ソニーのような売り上げ数兆円規模の大企業でも、たったひとりのトップの考え方で運命が大きく変わってしまうのだ。ましてや、日本の全企業数の99.2%を占める中小企業においては、社長の責任がさらに重大であることは言うまでもない。
技術者をまるで仕事をこなす機械のようにとらえて、無理な仕事を強いるような社長がいる会社では、うつ病になる社員がいなくなることはないだろう。
社員を過酷な労働環境で働かせる会社を「ブラック企業」と呼び、特に飲食店などのサービス業の事例が話題になることが多いが、実は技術系ブラック企業も相当な数に及んでいるといわれている。
沖縄で仕事ができるプロジェクト
技術者のうつ病を減らし、よりクリエイティブで活動的な仕事環境を実現するため、技術系人材派遣会社のリツアンSTC は、非常にユニークなプロジェクトをスタートさせた。技術者が沖縄へ移住して仕事ができるようにするプロジェクトだ。
リツアンは技術系の人材派遣会社だが、派遣される人材はすべて同社の社員である。同社の派遣社員は業界トップの給与水準として有名だが、さらに技術者がより健康的に働けるための環境づくりに取り組んできた。社長の野中久彰氏は、次のように語る。
「技術者は高い要望に応えるためにストレスにさらされます。弊社の技術者は、幸いにも派遣先の企業に恵まれて、伸び伸びと働かせていただいておりますが、それでも責任感が高く向上心がある技術者ほど知らず知らずのうちにストレスを抱え、誰にも相談せずに心を病んでしまうこともあります。
弊社の技術者に限らず、多くの技術者の悩みを解決したいと長年考えていました。そんななかで、沖縄の人材派遣会社ヒューマンサポート の粟國英雅社長と知り合い、トントン拍子でプロジェクトの話が進みました」
野中氏によると、ヒューマンサポートと組んで、派遣社員の沖縄移住を支援するプロジェクトだという。都会で精神的に病んでしまった技術者に半年から1年くらい休みを与え、沖縄で地元の人と交流しながらバカンス気分で仕事をしてもらうという仕組みだ。沖縄での仕事はヒューマンサポートが紹介する。
技術職だけでなく、レストランなどまったく違った職種を経験するのもリフレッシュになると野中氏は考える。精神的な病の原因の多くは人間関係である。沖縄での温かい人間関係に接することで心が癒やされ、復活した人も多い。「都会で挫折した人に新しい選択肢を用意してあげたい」――。それが野中氏の願いだ。
また、都会で働きたいという沖縄の人材に仕事を紹介する仕組みも同時につくり、いわば派遣交換のような制度を実現したいと野中氏は語る。
沖縄をアジア進出のビジネス拠点に
粟國氏は、沖縄移住推進プロジェクトの意義について次のように語る。
「沖縄には、伝統的な“おもてなしの心”があります。都会では味わえない温かさがあります。弊社には、沖縄の仕事を紹介するノウハウが豊富にありますが、今後は都会から沖縄に来て仕事をしたいという方に、仕事だけでなく住居などの生活面のサポートも行いたいと考えています。沖縄移住で一番ネックになるのが、“どこに住めばいいかわからない”という居住面での問題です。弊社のネットワークによって不動産会社の情報を提供させていただくことで、その問題もクリアできます。
「沖縄には、伝統的な“おもてなしの心”があります。都会では味わえない温かさがあります。弊社には、沖縄の仕事を紹介するノウハウが豊富にありますが、今後は都会から沖縄に来て仕事をしたいという方に、仕事だけでなく住居などの生活面のサポートも行いたいと考えています。沖縄移住で一番ネックになるのが、“どこに住めばいいかわからない”という居住面での問題です。弊社のネットワークによって不動産会社の情報を提供させていただくことで、その問題もクリアできます。
粟國氏には、このプロジェクトを単なる沖縄移住のための企画に終わらせず、沖縄をアジアへのビジネス拠点として一緒に盛り上げていくムーブメントにつなげていきたいという熱い思いがあった。
このプロジェクトのアドバイザーにエレクトロニクス会社AgIC 取締役の杉本雅明氏がいる。AgICは、家庭用プリンターで電子回路が簡単に印刷できるという画期的な技術で有名になったベンチャー企業だ。杉本氏は、東京大学大学院在学中にサイエンス・カフェLabCafeを創業し、その後AgICを共同創業した。
杉本氏は、このプロジェクトの成功の鍵について次のように語る。
「沖縄へ行く最初の動機はメンタルの回復ということで良いですが、そこから先のことも頭に入れて働くのが成功の鍵だと思います。私はこれまで多くのベンチャーを見てきましたが、成功する人は、空間的な地の利だけでなく地域のコミュニティーの強みを生かしていました。もし、沖縄の人たちが自分の仕事を喜んでくれるとしたら、どこを評価されているのか耳を傾けてみることが鍵になります。思わぬ自分の強みが発見できるでしょう」
リツアンとヒューマンサポートは共同で、このプロジェクトに関する専用サイトを構築中だ。沖縄での生活支援のための準備も着々と進んでいるという。
精神的病の回復のためというだけでなく、ビジネスチャンスをいち早く掴むという狙いもある沖縄移住プロジェクト。今後も、このプロジェクトの進行に注目していきたい。