※本原稿は、Business Journal2015年2月9日号に掲載されました。
デフレ不況から抜け出す一筋の光が見えつつある。しかし大企業の好業績は聞こえてきても、中小企業全体が浮揚してくるのは、まだまだこれからという状況だろう。
日本経済が、国内企業の99.7%を占める中小企業に支えられているのは言うまでもない。欧米から導入された“横文字”経営手法はいくつもあったが、どれもが経営に余力のある大企業に最適な手法であり、ほとんどの中小企業では使えないものばかりだった。
その中の一つというわけではないが、欧米から導入された経営概念に「ワーク・ライフ・バランス」というものがある。簡単にいえば仕事とプライベートのバランスを取り、仕事に偏ったライフスタイルから脱していこうという趣旨である。昔から「働きすぎ」といわれる日本企業こそ導入すべきとの主張も受け入れられ、国の施策としても動き出している。しかし、これも“横文字”経営のご多分に漏れず、ほとんどの中小企業では受け入れられていないのが現実である。
かといって、日本の中小企業が総じて元気がないかといえば、現実はまた違う。筆者もコンサルタントとして多くの中小企業と接しているが、社員はがむしゃらに働き、目はキラキラと輝いて充実感にあふれ、会社の業績も圧倒的に良いという会社に出会うことがある。そのような企業にとっては、ワーク・ライフ・バランスという概念すら必要ない。働くこと自体に喜びが満ちているのだ。長時間労働で従業員が虐げられている「ブラック企業」がある一方、従業員が長時間働いているのに充実感に満ちた職場もあるのだ。
ワーク・ライフ・ハピネスという新しい概念
そのような幸せな企業の姿を「ワーク・ライフ・ハピネス」という新しい概念で定義し、その代表的な企業を紹介し話題になっている本がある。その名も『実践 ワーク・ライフ・ハピネス2』(監修:藤原直哉 著者:阿部重利、榎本恵一/万来舎刊)である。2013年に第1弾の『実践 ワーク・ライフ・ハピネス』(同)が刊行されて以来、日本中の多くの中小企業経営者に支持され、好評を得て第2弾が1月31日に刊行された。
共著者でヒューマネコンサルティング代表取締役の阿部重利氏は、ワーク・ライフ・ハピネスについて、次のように説明する。
「日本ではワーク・ライフ・バランスを制度としてとらえている経営者も多く、敷居が高く、コストも高くつくという固定概念があります。しかし現実に元気がある企業を観察してみると、コストをあまりかけることなく社員がのびのびと働き、その結果として企業の活性化につながっているケースが多かったのです。そこで私たちはワーク・ライフ・バランスを超えたワーク・ライフ・ハピネスという概念で、元気のある企業を定義しました。ハピネスを追求し、それを実現した企業を書籍や講演で全国に紹介してきました。結果、日本中の中小企業経営者に支持され、ハピネスを実現している会社には大きな注目が集まっています」
ワーク・ライフ・ハピネスはワーク・ライフ・バランスを否定するものではない。仕事と私生活をバランスよく過ごしてハピネスを感じている人もいれば、仕事に多くの時間を割きながらハピネスを感じている人もいる。ワーク・ライフ・バランスは、ともすると仕事の時間を削ることが目的化してしまう恐れがあるが、ワーク・ライフ・ハピネスという概念ならば、そのどちらも包括することができて、多様な働き方を認めることができるようになる。近年重要性が叫ばれている、いわゆるダイバーシティ(多様性)の概念にも合致する。
ワーク・ライフ・ハピネスは一見わかりやすい概念だが、その実現にはトップ=経営者の意識変革が必要だと、共著者の一人である榎本恵一氏は語る。そうでなければ、ただ労働時間が長いだけのブラック企業といわれかねない。社員が自らいきいきと働き、それでいてハピネスを感じてもらうには、その環境作りが必要なのだ。
仕事の効率化が好循環を生み出す
榎本氏は税理士であり税理士法人恒輝東京事務所(榎本会計事務所)を率いている経営者だ。そのほか、経営者のためのEラーニングサイト「ウィズダムスクール」の運営会社・ウィズダムスクールの代表も務めている(以下、グループ関連会社をまとめてECGと呼称する)。
2月3日、東京・両国にある江戸東京博物館のホールで、大きなイベントが開かれた。コンサートではない。ECGの「平成27年度 経営方針発表会」だ。普通の会社なら社内だけで行う経営方針発表を、イベント会場を借り切ってお客にも公開したのだ。毎年、職員全員参加で、お客を前に経営方針をプレゼンしてきた。職員にとっては一年の中で最も楽しみなイベントだという。こんな会社、聞いたことがない。
ECGは東京両国にある社員16名の組織である。以前のECGは、よくある中小企業の実態と同じように、職員が個々の仕事を抱えてお互いが何をしているか把握せずにバラバラに働いているという状況だった。「この環境を変えなければ社員の幸せはない」と考えた榎本氏は、より良い職場環境を整えるべく、新しい施策に取り組んでいく。
個々に抱えていた仕事を共有化し、お互いの仕事をシェアし、助け合う仕組み作りを行った。例えば、朝礼時に情報共有の時間を設け、仕事を抱えている人が手の空いている人に仕事を任せられるように“仕組み化”したのだ。その結果、社員が自主的に業務の効率化を図るようになり、時間をよりよく生かせるようになった。また、仕事のローテーションや週3日出勤を認めることで、税理士資格を取る勉強を始める人や、大学院に通う人まで現れたという。いわば職員の自己啓発を、榎本氏は後押ししていったのだ。
経営者である榎本氏の発想とリーダーシップにより、職員が仕事の効率化の重要性に気づき、率先して業務改善を図ることで時間を有効活用でき、さらに仕事に良い影響を与えるという好循環を生み出し続けているという。
社員でCDをつくり、一体感を高める
「時間を有効に使えるようになり、税理士事務所でも自己実現ができるとなると、スキルも上がってきます。そして自立が促されてシェアできる仕事が増え、さらにスキルが上がっていくという好循環が生まれるのです。職員は最初こそ半信半疑でしたが、今では『やればできる』という意識に、見事に変わってきました」(榎本氏)
さらに榎本氏は、社員を一体化させるユニークな企画を実現している。ギターが得意な職員をスターにさせようと考えたところから発想し、彼に作曲を任せ、榎本氏が作詞を担当して社歌を作ったのだ。大企業に社歌があるのは珍しくないが、わずか十数名の会社で社歌を作る例はほとんどない。
さらに驚くべきことに、その社歌を職員全員で歌い、CDにしたのだ。それだけではなく、第2弾、第3弾の社歌も作り、第3弾では榎本氏の友人で福岡にて会計事務所を経営する福田英一氏にも声をかけ、榎本氏作詞、福田氏作曲という、会社の枠を超えた“社歌”を作り上げ、しかも双方の職員が一緒になってレコーディングをしてCDを作成するという大胆な企画を実現した。
その結果、会社の枠や空間を超えたつながりを意識するようになり、職員の一体化以上の意識改革につながったという。筆者も多くの会計事務所とお付き合いがあるが、榎本氏のような大胆な発想と行動力を持った税理士には出会ったことがない。ワーク・ライフ・ハピネス提唱者の一人としての面目躍如である。
阿部氏と榎本氏の著書である『実践ワーク・ライフ・ハピネス2』では、驚くべき発想で社員のハピネスを実現させ、会社の業績を伸ばし続けている事例が、多く掲載されている。今後、この連載では、阿部氏と榎本氏の協力のもと、筆者が取材したワーク・ライフ・ハピネスな会社を紹介していきたい。