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自己啓発難民を量産する「思えば叶う」の欺瞞 嘘まみれの成功者達の物語、ノウハウの毒

※本原稿は、Business Journal2014年11月26日号に掲載されました。

「10年間セミナーや教材で勉強してきて、夢を心に描いてきましたが、まだ何も実現しません。自分にふさわしい夢が何かもわかりません。どうすればいいですか?」

先日、こんな相談を受けた。筆者はコンサルティング業の傍ら、ビジネスコーチングも行っているが、最近特にこのような相談が増えている。

いわゆる自己啓発セミナーに多額の費用を注ぎ込んできたにもかかわらず、夢が実現せず、何をすればいいかわからないという。筆者はこのような人たちを「自己啓発難民」と呼んでいるが、なぜこのような人たちが増えてきているのだろうか。

現在普及している自己啓発の典型的なノウハウは、「夢を心に描けば現実になる」というものである。これはアメリカから輸入されてきた、いわゆる成功哲学をベースにしている。成功哲学の源流をたどれば、キリスト教の宗派の一つ「ニューソート」に行き着く。日本でも人気がある英国人牧師のジョセフ・マーフィーもこれに属する一人だ。ニューソートの流れの中には、成功哲学の提唱者であるナポレオン・ヒルもいる。

彼らの主張は「心に描くことは必ず実現する」というもので、そのためにはポジティブシンキングでいるべきだ、と主張する。このような考えの背景にはキリスト教的教義があると思われる。人には理想的な状態があり、そこへ向かうことが善であり、それは祈り願うことで実現できる、という考え方だ。

心に描くだけでは実現しない

しかし、現実には、このようなシンプルな考えで夢を実現することは困難だ。自分の心の中で考えた通りの未来が訪れる、というのは「マインド万能論」ともいうべき考えである。現実世界では、想定外の出来事が頻繁に起こり、その都度対応を変えていかなければ前進することすら叶わない。

だが、「思えば叶う」というノウハウには根強いファンが多い。筆者も全否定する立場ではないが、しかし「マインド万能論」的な行き過ぎた考えには賛同できない。なぜ、「マインド万能論」を多くの人が信じているのだろうか。そこには、成功者自身が陥る「後知恵バイアス」と「ドミナントストーリー」(結論から組み立てられるストーリー)に原因があるのだ。

筆者は多くの成功者に取材をしている。その数は20年間で1000名を超えているが、彼らの語るストーリーには一つの特徴があることに気づいた。それが後知恵バイアスである。後知恵バイアスとは、起こった出来事を都合良く解釈することをいう。

例えば、宝くじに当たった人が、「近所の神社にお参りしていたから当たったのだ」などと考えることが、その典型である。神社のお参りと宝くじにはなんら関係はないが、宝くじに当たったことで脳は因果関係を探し始め、神社のお参りが良かったのだと勝手に解釈してしまうのだ。

ビジネスで成功した人たちにも、このような傾向が多く見られた。ビジネスの成功は、かなりの部分が偶然で成り立っている。たまたま時期が良かった、たまたま良い人と巡り会った、たまたま商品が当たった、ということの集積でビジネスが大きく成功するケースのほうが多いのである。

しかし、それを正直に語る成功者はほとんどいない。「この未来を信じていた」という話をされるケースが多い。これは意図的に嘘をつこうとしているのではない。人間心理として避けようがない後知恵バイアスによって、自分が行ってきたことをより良く見せ、都合良く物語化してしまうのだ。

うまくいった現在から過去を見るため、出来事を都合良く解釈し、最初から現在の結果が“見えていた”かのようにストーリーを語るようになる。これが、ドミナントストーリーである。

多くの成功者が、成功することが最初からわかっていたかのようなドミナントストーリーを語ることで、「思えば叶う」というマインド万能論の裏付けとなり、多くの人に支持されてきたというのが、成功哲学の真実である。「思う」だけでは、なかなかうまくいかないのは当然である。成功者の現実とは異なるのだ。

行動する人が成功者になる

では成功者の現実とはなんだろうか。それは、小さな行動を繰り返してきた、ということだ。うまくいくまで、行動に次ぐ行動を繰り返している。だから失敗も多い。しかしひとたび成功してしまうと、失敗を語ることがなくなり、そのうちに記憶も薄らいでいく。逆に、都合の良い記憶の書き換え(フォールメモリー現象)が起きていく。そして成功までスムーズに来たかのような錯覚に陥るのだ。これは成功者だけではなく、ほとんどの人が陥る人間の性のようなものである。

筆者が実際に取材し分析したところでは、成功者は「行動すること」に取り憑かれており、「心に夢を描く」よりも先に、行動を優先する傾向が強かった。それはなぜか。「好き」だからである。

人は好きなことに対して、行動したい衝動が自然に湧き上がるものである。2013年6月30日付当サイト記事『自己啓発ビジネスの餌食になる人々…夢実現のために、能力や資格より大切なこととは?』において、「夢を語る人」を3つのタイプで解説した。

3つのタイプの中で、確実に夢を実現するのは「恋愛タイプ」だけである。3つのタイプについては、以下にあらためて列挙してみよう。

(1)逃避タイプ

…現状から逃げるために「夢」を口実にするタイプ。「サラリーマンが嫌だから独立したい」と言う人に多い。起業塾のような勉強会やビジネススクールに参加している人にこのタイプが多く、起業の勉強をし続けても会社を辞めることはない。口から出てくる言葉は常に現状への不満であり、そこから逃避したいという願望のみだ。

(2)錯覚タイプ

…「ホテルのオーナーになりたい」というような漠然と大きな夢を抱き続けているが、毎日ほとんど何も行動しない。これは自己啓発セミナーの急増とリンクしている。「夢を大きく持ちましょう」「絶対に実現します」などと煽られ、その場の雰囲気で夢を設定してしまった人が、このタイプに陥りやすい。このタイプは自己啓発ビジネスの良いお客さんである。

(3)恋愛タイプ

…夢を実現するのはこのタイプ。1つのことで頭がいっぱいで、24時間頭から離れることなく、それに向かって毎日行動せずにはいられない状態の人。まるで熱烈な恋愛をしているように、夢に夢中になって苦労や逆境も乗り越えていく。このタイプに、「今日、何をしましたか?」と聞けば、とめどもなく“やったこと”が出てくる。

「好き」をエネルギーにして行動

11月4日付当サイト記事『食べログ、圧倒的強さの秘密?やらせ騒動を、管理体制徹底やレビュアーとのオフ会で克服』にて述べたが、先日飲食店検索サイト「食べログ」を立ち上げたカカクコム取締役の村上敦浩氏を取材した。村上氏はITの素人にもかかわらず、たった一人で「食べログ」事業を立ち上げ、日本一のグルメサイトに成長させた人物だ。村上氏は成功者には珍しく、自身のサクセスストーリーを飾らずに素直に表現される人物だった。村上氏の原動力も「好き」のエネルギーだ。

「食べログ」を立ち上げた直後からサイトアタックによる閉鎖や、やらせ口コミ問題などの逆境に見舞われるが、あきらめることなく行動し続けた。筆者が「なぜこの事業を始めたのか」と質問すると、村上氏は「好きだから」と即答された。食べることが好きで、おいしいお店を探すのが好きだという。

だから、どんな逆境でもあきらめずに、行動し続けることができたのである。

村上氏のように素直に表現される人はまれである。成功者の中には自分のサクセスストーリーを美しく見せようとするあまり、成功することが最初から見えていたかのようなドミナントストーリーを語る人も多いのだ。

ほとんどの成功者は、最初は「どうなるかわからない」という状況からスタートしている。行動しては考え、行動しては考えの積み重ねから最善の選択を繰り返していくうちに、自分の行く先が見えてきた、というのが現実のはずである。夢が最初から見えていたのではなく、行動し続けているうちに夢を発見したのだ。自己啓発ノウハウで語られる「最初に夢ありき」的な方法論ではないのだ。因果が逆である。

どんな逆境でも飽きることなく行動し続けるにはパワーが必要であり、その根底には「好き」というエネルギーがなくてはならない。

では「好き」とは何か。筆者は、「心がなぜそれに惹かれるのか説明できないもの」と定義する。例えば、あなたが異性を好きになったとしよう。なぜその人を好きになったのかを問い続けると、「好きになったから好き」という説明のしようがないところに行き着く。

筆者の長男は幼い頃から電車が好きなのだが、「なぜ好きなの?」といつ質問しても、「好きだから」としか答えようがない。気がついたら熱中していて、気がついたら写真を撮りに行ったりしている。好きだからこそ、考える前に行動することができるのだ。まるで異性を好きになったかのように。「好き」とは、DNAに刻み込まれた各自固有の好みとしかいいようがない。

好きと思い込んでいるだけのことも

逆に、「なぜそれが好きなのか?」という問いにスラスラと答えることができるならば、それは本当の「好き」ではない可能性がある。

拙著『100の結果を引き寄せる1%アクション』(サイゾー)で取り上げた「フェラーリに乗ることを夢見ていた青年」の話がある。この青年は、成功したらフェラーリに乗りたいという夢を持っていた。しかし、毎日のようにフェラーリの写真を見て「俺はフェラーリに乗っている」というアファーメーション(自己暗示)を繰り返しても何も実現せず、ストレスが溜まる一方だった。

筆者は彼に、「フェラーリが本当に好きなのか?」と質問すると、最初こそ「好きだ」と答えていたが、なぜ好きなのかという問いには、「成功者が乗っているから」「成功のシンボルで格好いいから」という理由を挙げ始めた。すかさず、「あなたはフェラーリが好きではないだろう」と指摘すると、彼は沈黙し、「そうかもしれない」と答えたのだ。

フェラーリが「好き」だったら、もうすでになんらかの行動を取っているはずである。彼が毎日見ていた写真は、どこかの雑誌から切り抜いたものであり、自分で撮った写真ではなかった。本当に好きならば、自分で実物を写真に収めているはずである。しかも彼は、フェラーリに一度も触ったことがない、と答えていた。本物のフェラーリ好きが聞いたら驚くはずである。この日本では、実物のフェラーリを見ようと思えば、いくらでも手段がある。それすらしていなかったのに、彼はフェラーリが「好き」なんだという錯覚に陥っていたのだ。

彼も従来の自己啓発ノウハウに毒された人物の一人だった。成功者はこうあるべきだ、というイメージを優先し、自分が本当に好きなものは何か、ということに真正面から向き合うことがなかったのだ。彼はフェラーリが好きではないばかりか、自動車自体に興味を持っていなかった。

彼は筆者のコーチングの後、「子供に勉強を教えること」が好きであることを発見し、今では教師として活躍している。彼が乗っている自動車は中古の国産車だが、彼は気にすることなく、現在の仕事に夢中で毎日充実して暮らしている。

本当に好きなことを見つける方法

多くの人は、自分が何を好きなのかわからずに過ごしている。だが、それを発見する方法はある。それが、筆者が提唱する「1%アクション」である。1%アクションとは、今すぐにでもできる行動のことである。

メールを出す、インターネットで調べてみる、人に会ってみる、というわずかな行動をすることで、心からザワザワと何かが湧いてくることがある。その時こそ「好き」という感覚に触れている時である。心がザワザワと反応したなら、何も考えずにまた1%アクションを実行しているといい。そのうちに心の奥から突き動かされるように夢中になる何かを発見するはずだ。

もしくは以前夢中になったことで、今では心の奥底にしまってしまったことをあらためてやってみるのもよい。忘れたつもりでも、もう一度火をつけてみると、また夢中になっていくものである。このように、自分の中にある「好き」の感覚を研ぎ澄ませておくと、ビジネスでも夢中になれるものを発見しやすくなるのだ。

現代では、あまりにも多くのルールや常識に縛られて、本来持っていた無邪気な感覚を鈍化させてしまっている。感度が麻痺してしまったため、夢中になれるものが目の前にあっても気づかなくなっているのだ。

漠然とした未来への不安に苛まれ、その心の隙間に入り込んだ無意味なノウハウに人生を振り回されてしまう。現実離れしたノウハウもまた、あなたを縛るルールとなり、あなたの自由を奪っているのである。

あなたを解放し、あなたの本当の夢を発見するため、今日できるなにげないことからスタートしてみよう。偽りの夢から目を覚まそう。そして、夢を待ってはいけない。行動することで夢を発見できるのだ。

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この記事を書いた人

思考力研究所所長、ビジネス・コーチ、ビジネスプロデューサー、一般社団法人「日本経営コーチ協会」アドバイザー
著書:100の結果を引き寄せる1%アクション他多数

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