※本原稿は、Business Journal2013年4月18日号に掲載されました。
成功に関する話は、嘘が多い。
これは、私が300名以上の成功者を取材し、アメリカの「SUCCESS」誌と共同プロジェクトで成功者を研究した経験からハッキリといえます。
マスコミで伝えられる成功者のサクセスストーリーも脚色されたものが多く、真実の姿を報道するケースは稀です。
こんなことがありました。自身のサクセスストーリーが大手出版社から出版された著者に会った時のことです。
この方はベンチャー企業の創業者で、会社は飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びていました。書籍には「望めば叶う」「努力すれば成功する」というテーマで、ご自身のサクセスストーリーが綴られていました。
私はこの方に非常に興味を持ったので、実際にお会いして、さらに詳しいお話を聞かせていただこうと思ったのです。ここではT氏とします。
T氏にお会いしてみると、鋭い眼光でまさに勢いのある経営者という雰囲気でした。話は弾み、気がつくと5時間もお話を聞かせていただいていました。夕食の時間になったので、「一緒にお酒飲みませんか?」と誘われて、ディナーをご一緒させていただくことになりました。
T氏は私に心を許されたのでしょう。「実は鈴木さん……」と、そこで本音を語りはじめたのです。
「鈴木さん、僕はちょっと疲れてるんです。なぜなら、あの本に書いていることはほとんど嘘だから。
本を出す前から僕は名前が知られるようになり、講演などで“成功の秘密”を話すように望まれるようになって、“ウケる”話をするようになった。人々は美談を求めていて、僕はそれに応えるように、“努力は報われる”“夢を見続ければ叶う”という話をするようになったんだ。
そんな話をし続けているうちに、自分もそれが事実だと思うようになり、嘘を本当のように話してきたんだ。それがあの本になった。
鈴木さん、本当のことを言うけど、僕が成功したのは偶然なんだよ。たまたまやっていたことが当たっただけで、自分でも訳がわからないうちにこうなったんだよ。
単なる偶然です、と言ったら人々は納得しない。だからこれまで読んできた本に書いてある話を適当に組み合わせただけなんだよ」
私はこの告白を聞いて本当に驚きました。T氏が自信たっぷりに話をしていたため、私も嘘を見抜くことができなかったのです。それと同時に、本当の話をしていただいて嬉しい気持ちにもなりました。T氏は、嘘をつき続けていることに良心の呵責を感じていたのです。私に本音を話すことで、その呪縛から解放されたのでしょう。T氏は穏やかな顔で静かな雰囲気となっていました。
このような事例を、私は多く見てきています。成功した人で、自分を客観的に分析し、成功の要因を素直に表現できる人は稀です。悲しいかな、人は成功すると自分をより良く見せたいという気持ちになり、事実とは異なる話を美談として語りはじめるものです。
残念ながらこれが人間の性(さが)であり、洋の東西を問わず、誰でもあることなのです。
松下幸之助の真実の姿
私たちの周りには、事実と異なるサクセスストーリーが溢れています。必要以上に神格化させて、聖人君子のように仕立て上げられた成功者も少なくありません。
だいぶ前のことですが、当時の松下電器の副社長に直接お会いした時のことです。商談が終わった後に雑談となり、「松下幸之助さんについて、印象深い話がありますか?」という質問を向けるとこんな話をしていただきました。
「晩年は哲学について語ることが多かった方ですが、私が覚えている松下幸之助の姿は一般の方が思う姿とは大きく違います。
すでに現場から退かれていた幸之助が、久しぶりに奥様と新幹線で旅行に行くことになりました。新大阪から博多まで行くことになったのですが、新幹線に奥様と乗り込むやいなや、奥様に『君は反対側に座りなさい』と言われたのです。
幸之助は右側の窓側の席、奥様は左側の窓側の席に座りました。せっかくの旅行なのに離れ離れに座ったのです。そして幸之助は奥様にこう言いました。『これから、窓から見える松下電器の看板の数を数えてくれ』。新大阪から博多までの間、新幹線の窓から見える松下電器の看板を数えろ、というのです。奥様は文句も言わず、それに従いました。
博多駅に到着するなり幸之助は奥様が数えた看板の数と、自分が数えた看板の数を確認しました。そして、すぐに本社の広報担当役員に電話をしてこう言ったのです。
『君、新大阪から博多まで、新幹線から見える看板の数はいくつだ?』
この質問ほど怖い質問はありません。この後、担当役員に雷が落ちたのは言うまでもありません。
一般の方が信じている神様・松下幸之助ではなく、私は結果を追い求める商売人・松下幸之助の印象として記憶しています」
私はこの話を忘れることはできません。マスコミや書籍だけの情報だけだったら、私も松下幸之助氏を神格化して見ていたでしょう。しかし、この話を聞くことによって、逆に松下幸之助氏の凄さを感じることができました。凄まじい商売人魂です。これぞ日本一となった経営者の真の姿だと思いました。
真実にこそ、成功に必要な教訓がある
京セラ創業者・稲盛和夫氏の事例もあります。
今から十数年前、某ビジネススクールで稲盛和夫氏の講演があるというので、私も参加しました。講演が終わり、参加者からの質問を受ける時間となりました。
参加者の一人がこう質問しました。
「私は将来起業するのが夢です。このスクールで事業計画書の書き方を学んでいるのですが、なかなか上手に書けません。稲盛さんはどのようなことに気をつけて事業計画書を書かれていましたか?」
この質問に対する稲盛氏の回答に、参加者全員が驚きました。
「君は起業したいのだろう?なぜ事業計画書という嘘の作文を勉強しているのだ?私でさえ見えるのは3カ月先ぐらいで、1年後を予測するような事業計画書なんて嘘を書くようなものだ。そんなものを勉強している時間があったら、さっさと事業を始めればいい。
始めてから考えれば良い。資金を集めるためにどうしても必要ならコンサルタントに書かせればいいじゃないか。君がやることは、すぐに事業をスタートすることだ」
ビジネススクールで事業計画書の書き方を学んでいた生徒がどんな顔をしていたか想像にお任せします。私は、本音をズバリ語られた稲盛氏を私はますます好きになりました。
「ビジネスで成功するには○○が必要」「○○のスキルがあれば成功する」というビジネス界の常識も、そのまま鵜呑みにせず、一度疑ってみることです。
知らず知らずのうちに常識として信じてしまう現象を、私は外部からの「フレーム」(潜在的思考パターン)と呼んでいます。
マスコミなどから伝えられる情報を疑うことなく受け入れると、いつのまにかそれが思考のフレームとなり、間違った情報をベースに物事を考えるようになります。
特に成功に関する情報には気をつけてください。それが美談過ぎないか、別の商売と結びついた情報ではないか、本人が本音で語ったものなのか、をチェックしてください。
真実にこそ、成功に必要な教訓があります。真実を見抜き、真実を求めてください。その姿勢が、本物の情報を手に入れる第一歩となるのですから。