「黒霧島」大ヒットの裏にある30年の努力。

昨日(2015年1月21日)は焼酎「黒霧島」の発案者であり総責任者である霧島酒造の江夏拓三代表取締役専務にお話を伺いました。

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近年、毎年100億円単位で売上げを伸ばしている霧島酒造の巨大なエンジンが「黒霧島」。

今や全国区となった霧島ですが、「黒霧島」誕生前には「いいちこ」の三和種類などライバル企業に大きく水をあけられ、打つ手もないような状況でした。

そこで江夏専務が思いついたのが、芋臭さがなく食事にあい、キレもよい芋焼酎の開発です。当時の業界常識ではあり得ないアイデアでした。

さらにネーミングにも業界の常識を覆す「黒」を入れ、ラベルも「黒」にするという大胆な発想で勝負をかけます。

社内で大反対にあいながら、わずか数名のプロジェクトチームで進めていった「黒霧島」は、その後モンスター商品となり、瞬く間に日本を席巻。

業界8位・売上げ80億の霧島酒造を、業界1位・売上げ500億円の企業へと引き上げていきました。

その成功の背景には、約30年に及ぶ陰の努力があったと、江夏専務は語っていただきました。

焼酎はあくまでも脇役、主役は食事だとして、全国の美味しい料理や食材をもとめ、食し、その良さを多くの媒体を使って伝えてきたといいます。自ら文章を書き、新聞や雑誌にも寄稿されてきました。

専務直属の企画室の社員にも積極的に食文化に触れることを奨励し、豊かな食文化を活性化するため焼酎がどう貢献できるかを考えるように伝えられています。

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その地道な活動の結果、最も食事にあう焼酎の味を追求し、その結論の一つとして出たのが「黒霧島」だったのです。

食が主役で焼酎は引き立て役。泥臭いとも言える徹底した取り組み。

小難しいマーケティングや理論ではなく、自らの舌と経験から導き出した答え。それが多くの人の支持を得たということです。

大規模な工場も見学させていただきましたが、工場で働く人はわずか7名。すべてが全自動となっており、杜氏の経験と勘もデータ化し、熟成のオートメーション化も実現されていました。

経営手法も超一流で、利益も最大17%出しているとのこと。

昨日は台湾のメディアも取材に来ており、今や世界的にも有名となりつつあります。

日本一のあとは世界一を目指して、さらに飛躍のための階段を上がり始めた霧島酒造。不況下で大成長を成し遂げた霧島酒造に学ぶところはあまりにも多い。

(詳細記事は来月ビジネスジャーナルで掲載いたします)